藍ちゃんに代わって「今度は自分の番だ!」横山倫子選手に期待大! 

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2007年2度目の挑戦でプロテストに合格した横山倫子選手、この年トップ合格した服部真夕選手とは、同スコアの4アンダーでしが、最終日のスコアにより2位ということになってしまいました。

トップ合格者には、その年のレギュラーツアーの残り試合に出場できる特典が与えられるのですから、プロゴルファーにとって1位と2位では雲泥の差です。

2位じゃダメなんですか?」なんて言っていた政治家がいましたが、やっぱり2位じゃダメなんです。1位じゃないと。

 

<横山倫子選手のプロフィール>

https://www.lpga.or.jp/

 

所属/横浜CC

出身地/香川県高松市

生年月日/1984年6月22日

身長/158cm

体重/52kg

血液型/B型

出身校/専修大学

プロテスト合格日/2007年7月26日

スポーツ歴/水泳

ゴルフ歴/10歳~

師弟関係/宮里優

前田陽子プロとは、香川西高校時代の同級生

 

宮里藍選手とは親友同士

http://www.hochi.co.jp/

 

横山選手と宮里藍選手とはお互いに親友と呼ぶ間柄、出会いは中学生のころ、横山選手が一つ年上なのですが、出会ったときから妙に馬が合ったそうです。

横山プロは高校卒業後、大学に進学してゴルフを続けますが、宮里選手は高校3年生でプロ入りしました。

その後も宮里選手が東京へ来るたび二人は会って、おしゃべりしたり、買い物をしたり、とっても仲が良い二人です。

 

アマチュア時代は、宮里藍選手の優勝にも貢献

横山選手は、アマチュア時代に何度か宮里プロのバッグを担いだことがあり、2004年の大王製紙エリエールレディスオープン、2006年のミヤギテレビ杯ダンロップ女子オープンでは、キャディとして宮里選手の優勝にも貢献しています。また同時に、横山選手は宮里選手のキャディをすることで、プロの世界を目の当たりにし、大きな刺激を受けていたそうです。

https://ameblo.jp/tomoko-yokoyama/entry-10906762099.html

 

宮里選手が渡米後、ドライバーイップスになっていたことを知らず、宮里選手から「アメリカに来てほしい」といわれ、アメリカまで行ったこともありました。一緒に練習や買い物をして、いつものように過ごし、そして日本に帰る前日の夜、「ゴルフをやめるかもしれない。」と打ち明けられて、はじめて「アメリカに来てほしい」と言われた理由を理解したそうです。

その後、宮里選手は世界ランク1位に上り詰めているのですから、宮里選手にとって横山選手が、いかにかけがえのない親友であるかがわかります。

 

親友、宮里藍選手の引退

宮里選手の引退については、2016年の秋に打ち明けられたそうです。

横山選手は宮里選手の引退について、「プロになってからずっと近くで見てきたので、やっと決断出来たんだ、と思いましたね。惜しむ声もありますが、私は彼女の決断を誇らしく思う。十分偉大なことを成し遂げてきましたし、”そんなに頑張らなくても“って思うぐらい“宮里藍”を頑張っていたので…。会見のどの言葉を拾っても、彼女らしく誠実な心が伝わってきました。彼女の魅力はゴルフだけじゃないですから」と語っています。

宮里選手を思いやり、気持ちの通い合った横山選手だからこそ言える言葉です。

 

今度は自分の番だ!

http://www.at-s.com/

 

横山選手は、「宮里選手は大変なことをやり切ったけど、私はまだ何も成し遂げていない。」と、ゴルフに対する決意を新たにしています。これまで「スイングは綺麗なのになあ・・・」などと言われていた横山選手ですが、まだ目立った結果を残せていません。

今後の横山倫子選手に期待しましょう!

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