通算45勝、日本プロゴルフ殿堂入りを果たした大迫たつこプロ

LINEで送る
このエントリーを Google ブックマーク に追加
Pocket
LinkedIn にシェア

2015年に女子プロゴルフ協会からある一人の選手が日本プロゴルフ殿堂へ入会を果たしました。

大迫たつ子プロです。大迫プロのことを聞いてわかる人は中々のゴルフファンか、少し年齢を重ねている方かと思います。

成績を残し、歴史を刻んできた者しか入ることが許されない日本プロゴルフ殿堂に入会した大迫たつ子プロに迫ります。

http://www.golfdendou.jp/jlpga_championship/24-1991.html

女子プロゴルフ創設初期

女子プロゴルフ協会が設立されたのは1967年です。

それまでは男子プロゴルフ協会のオマケのような位置付けで、そもそも女性はゴルフをするものではないという認識さえありました。この設立されたというのも日本プロゴルフ協会の中に女子部という形で設立したものです。当時、日本で昔から営業をしている老舗ゴルフ場は会員でないとプレーすることができなかったですが、女性は会員になることさえもできませんでした。

女子プロゴルフ協会ができる6年前の1961年に女子プロゴルファーの卵が28人集まって「全日本ゴルフ場女子従業員競技会」を開催したのが女子ゴルフの大きな一歩でした。前述の通り、女性がゴルフをする環境自体整っていなかったので女性はゴルフ場で働いている社員でないとプレーすることができなかったのです。

大迫プロもこの1人でした。大迫プロは女子プロゴルフ8期としてプロテストに合格しましたが、この当時の女子プロゴルフは一強多弱で女子ゴルフがやっと日本プロゴルフ協会から独立した前後です。

この当時といえば樋口久子プロが最強女子プロゴルファーとして有名でした。

ゴルファーの層が厚くなかったので必然的に樋口プロのみが強いのかと思われていましたが1977年の全米女子プロゴルフ選手権で樋口プロが優勝すると樋口プロの強さを誰もが認めるようになりました。

http://www.arimacc.jp/osako

打倒・樋口久子

この当時の女子プロゴルフでは樋口久子プロがあまりにも強かったです。

そこで言われたのが「打倒・樋口」です。

樋口プロ以外の女子プロゴルファーが樋口プロの活躍を阻止することを考えていました。

この打倒・樋口を達成したことで名前が知られたのが大迫プロです。

1968年〜1976年間で9年連続の賞金女王になっていた樋口プロは1977年には全米女子プロゴルフ選手権で優勝するなどさらに勢いに乗っていました。10年連続の賞金女王を狙っていましたが、この年に4勝し樋口プロの賞金女王を阻止したのが大迫プロでした。

その次の年から再び樋口プロが賞金女王へ戻りましたが、その後も大迫プロは樋口プロの3年連続賞金女王を阻止するなど、「打倒・樋口」を実現していました。

樋口プロが躍進する時には必ずと言っていいほど大迫プロが対抗として名前が挙がるようになっていました。

こうなるとゴルフファンも二人の争いを応援するようになります。

https://gora.golf.rakuten.co.jp/goralife/golf/2016061311/

女子プロゴルフが波に乗ってくる

その後、男子プロゴルフがテレビ放映されるようになると女子プロゴルフにも注目が集まりました。

日本国内がバブル景気で高度経済成長を遂げる中で一般人にもゴルフというスポーツが浸透していき、ゴルフをする人も増えてきました。

賞金金額も増額され、大会数も増えてきた頃には大迫プロは生涯獲得賞金で4億円を獲得するようになります。しかし、このころ大迫プロを怪我が襲います。1988年には大迫プロの成績は低下します。原因は魚の目でした。魚の目は皮膚が厚くなり、細菌感染をすると化膿してしまうこともあります。大迫プロは魚の目をかばうようにプレーをするようになり、結果として股関節を痛めてしまったのです。1年かんの休養で身体を休めた後は魚の目を除去しツアーに戻ることができました。

1991年には岡本綾子プロとの激戦を制して3年ぶりに優勝を果たすことができ大迫プロの完全復活を誰もが祝福していました。

http://www.golfdendou.jp/jlpga_championship/24-1991.html

一線を退く大迫プロ

1994年に大迫プロは突然引退を発表します。

引退した理由は勝てなくなったからだと本人は語っていました。

やはり一度怪我をして休養をし、その後優勝をするといった波のあるゴルフ人生を経験すると勝てる喜びや勝てない不安が普通のプロに比べると大きいのかもしれませんね。

大迫プロはプロとしての一線を退いた後はツアー解説やアマチュア指導など社会的な活動をするようになりました。

通算勝利数45勝で女子プロゴルフへの永久シード権を保持している大迫プロは2016年に日本ゴルフ殿堂へと入会を果たします。

先行された一番の理由は「打倒・樋口の時代を創った一人」ということでした。

打倒樋口として女子プロゴルフ界を大きく盛り上げてくれた大迫プロは今後も後継者の育成へ力を出してくれることでしょう。

 http://www.pref.miyazaki.lg.jp/kense/koho/chijishitsu/photogalleries/2016/20160510-2.html

LINEで送る
このエントリーを Google ブックマーク に追加
Pocket
LinkedIn にシェア

関連記事

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

ページ上部へ戻る